私の箱物語

相手は変わるべきだ

気に入らない部下がいる。
高圧的で身勝手な上司には気が滅入るし、
気が利かない妻や夫のせいでイライラさせられる。
理解できない人がいる。

身の回りにいる自分を不機嫌にさせる人たち。
相手はもっと成長すべきだし他の人に対して配慮すべきだと思う。

誰かとうまくいかない時にまずやることは、
相手の欠点や失敗を探して非難すること。
そしてそんな相手を「変えよう」とする。
相手さえ変われば、成長すれば問題は解決すると思っている。
気に入らない相手に対して、
責めたり文句を言ったり間接的に圧力を加えたり無視したり、
あの手この手を使って問題があることに気づかせ、
変わるよう促したり反省するように仕向けたりする。

でも、相手は変わらないし成長もしない。
だからより強く相手に変化を求める行為を繰り返す。

そのやり方は自覚がないままエスカレートするし、
相手に対する良くない感情は、
共感する(させた?)仲間を巻き込んでどんどん大きくなっていく。

そしてこれらの行為は相手の私に対する嫌悪感や反発心、
絶望感も助長させていく。
苛立たせたり遠ざけたりやる気を失わせたりする。

自分にそんな感情を抱かせる私の言うことなんて、
聞く気になるだろうか?


これが相手を成長させない原因である。
相手に「成長してほしい」「変わってほしい」と
思いながらしているこれらのことは、全く逆の効果をもたらしている。


箱に入って相手を変えようとするとき問題なのは、
相手には変わる必要があると強要しながら、
自分が変わる必要性については考えが及ばないことである。
相手を懸命に正したり非難したりするが、
その間、自分が変わる必要性については考えない。

相手に問題がない訳ではない。
しかし、全てにおいて自分が正しい訳でもない。
自分被った被害やしたことを大げさに表現し、
相手のミスを必要以上に重大に価値付ける。
それは、自分は努力せずに、相手や現実を自分の思い通りにしようとするやり方。
それを実行しようとすればいくつかの嘘が必要になったり、
何かを誤魔化したり、あるいは誰かを排除しなければならなくなることに対しての、
正当化が必要となる。
だから自分を高めて相手を貶める。


相手に変化や成長を求めるのであれば、まず自分が今より成長する必要がある。
今のままの自分で関わっていても相手に影響することはできない。
相手の成長は自分の成長を写す鏡といえる。

「私は他の人から信頼され、ヤル気を起こさせたり一緒に働いたり過ごしたいと思われる人間なのか」
そんな問いかけが必要なのかもしれない。

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